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端午の節句の由来、ご存知ですか。
「端午の節句」について、さかのぼること・・・なんと!古代中国!
古来中国では、5月は物忌みの月ということで、厄払いの行事が、盛んだったのです。
そして、
● 端午の『端』・・・「はじ・最初」
● 端午の『午』・・・「うま」
ということで、端午とは、五月の最初の午の日に行なわれる!という、意味でした。
そのため、必ず五月五日というわけでは、なかったのです。
それが、なぜ五月五日になったのでしょうか?
「午」と「五」の、ゴロが同じということで、5が重なる日に、なったという事です。すごく簡単な理由ですね。
中国、紀元前278年の頃、楚(そ)の国の、高名でな詩人であり、戦略家であった「屈原(くつげん)」という人がいました。
屈原は、国王の側近として、つかえ、人々からも、慕われていたのです。しかし、屈原は、陰謀によって、国を追われることになってしまったのです。
失意のまま、屈原は、汨羅(べきら)という川に、身を投げてしまいました。その日が五月五日。
屈原の、死を悲しんだ、屈原の姉や、人々が、竹の筒に米を入れて、湖に投げ入れた事が、
ちまきのはじまりと、いわれているそうです。
これがちまきの始まりと言われています。屈原の故事から、中国では五月五日の節句には、
節物としてちまきを作り、
親戚や知人に配るという習わしが生まれました。
そして日本へ端午の節句行事とともに伝わり、
今日に至っているわけです。
柏餅に、使われている葉の、「柏」という木は、新芽が出てこない限り!古い葉は、落ちないそうです。
このため、「家が絶えない!」「後継者が絶える事がない!」という、縁起の良い木として、考えられているそうです。
こういうことから、男の子の節句である、「端午の節句」に、用いられるようになったそうです。
菖蒲のお話(おまけ)
菖蒲は「尚武」に言葉をかけて、武芸を尊ぶという意味合いで飾ります。兜や武士人形を飾るのも、菖蒲と同じ意味合いのもようです。